私は一人暮らし四年目で、二十二歳だ。肩書きは大学の文科に属する。
最初に言っておくが、この話は虚構である。
朝起きると九時になっていた。意識が半ば夢を呈している。自分が現実を生きぬく想像もできない。
部屋の中で、私のベッドに対して野獣先輩が立っている。黒い外套を着ている。彼を見て、私はわが身を起こした。また野獣先輩かと私は思った。そして言った。
「俺はまだねぼけています。ゆうべ眠る前は、どうも重要なことを何か考えていたらしいんだが」
「一人でいたってしょうがないぜ。外へ出よう」野獣は言った。「それから」
「俺のことは野獣と呼ぶな。田所と呼べ」
田所は安定した姿勢と言語とを有する男であった。ガタイがよく、落ち着いており、人の心をおだやかにするような静けさを発していた。まるで何事も飄飄としてこなすような成熟した人物に見えた。
私たちは部屋を出て、晴れた秋の道を歩いた。民家が並んでいた。進んで行くと広い公園が有った。森をふくんでおり、川が流れている。詩人の王維は別荘の庭にゆたかな自然を持ち、己のこころを休ませる際にはこれを愛でて過ごしたそうであるが、いま私たちの前にある自然はただ私たちにふさわしいだけである。舗装された道を私たちは進んだ。並木がその道の上に木漏れ日を作っていた。
ところで田所はなぜ朝、私の部屋に居たのだろう?私を犯しに?そんなはずはない。彼は演じることを業としている。今日は仕事の日ではあるまい。職業柄、彼は同性の男を犯すことを演じることがある。しかし、今日は違う。因みに私の側でも今日は用事が無い。それだから朝は遅く、九時に覚醒した。
今朝は私の部屋の鍵があけてあったとみえる。それで田所が私を呼びにやってきてくれるとは、いよわの「ゆるやかな化膿」に「悪趣味すぎるサプライズ」という通り、私を甚だ驚かせることではあるが、実際は私は殆ど驚いていない。丁度誰か現れるころだろうと予て思っていたのだ。だから意外ではなかったし、現れる人物が誰かといえば、恐らくは田所あたりだろうと想像していたのである。二十二歳にもなると、大抵のことは予め分かる。子どもとは違う。頭が働きすぎるといえばそうなのだが。
道を進みながら私たちは喋った。田所は言った。
「まだくすぶっているのか?お前の仲間たちは充実した生活をおくっているぜ」
「ええ。くすぶっています。どうも生まれた時から何かくすぶっていて、全然どこから手をつけるべきか分からぬ状態でいます。それにしても」私は疑った。「なぜ私の仲間のようすをご存知なのですか?」
「以前お前が俺に話した通りじゃないか」
「ああ。そうかもしれませんね」私は殆ど釈然とした。
「お前の生きていく暮らしは海賊王になるとか、クリリンが何回も死ぬとか、月光条例の主人公みたいに己の生まれる前にこしらえた因果を背負って乗り越えていくわけではない。ただのお前一人で、お前一人の人生を決着つけるだけだ。しかし、理屈は要らない。お前は大人になるだけでいい」
彼はよく漫画の内容を知っている。私は言った。
「とっくに大人ですがね」
「俺と居る内はね」
私は少し笑った。彼の言う通りである。こうして喋っていて、彼のような優しい人物に接している際は、私は自分が幼稚になる懸念を生ぜずにすむ。彼の優しさは気づかいとか、あいそのよさとか、いつも難しい取り組みに関して助けてくれるとか、そういう頼りがいのあるものとは種類が違う。しかも、私を解決しようとしてくれるわけでもない。いうなれば言葉にしがたい温かい存在感である。
彼は言った。
「お前は虚構に思いを馳せて楽しんでいる。だが、現実ではお前を待っている奴らが居るんだぜ」
彼の言う虚構とは、彼の先刻挙げた漫画の類であろう。私は確かに、昔よんだ漫画のストーリーや登場人物のことを考えて自適の念に到り、一人で悦にひたることがひんぱんに有る。よんだのは十歳や十一歳のころで、甚だ時間の懸隔があるが、当時は本当に面白くよんでいたのだ。それだから長いあいだ頭に残る。しかし、彼の言う虚構の意味は、もとの漫画のコンテンツを超えて存在する。私は言った。
「俺は人と接していても、共感とか互いに思いやるとか、助け合うということをする意志が欠落している。最悪なことです。子どものころからこんな調子です。一人っ子であるとか、小学校で甚だいじめられていたとか、他者との接点を得ざるに到るゆえんはいろいろ存していました。しかも接点を得ざるだけではなく、人にしたしくなろうとする意志も、実際にそれを為すための能力も有しない身になりました。田所さん。あなたは俺を指して自分事の自覚が足りないと感じるでしょうね?」
「だから俺が喋ってやる必要があるんだろうがよ。お前は錯覚している。お前はそんな調子でも結局はそこそこ楽しく生きて行ける人間だ。本当は俺などがお前から言葉をひきだしてやる必要もない」
私はいつでも奇怪なことを考えてしまう癖がある。
小学生のころにゲームばかりやっていて、動画ばかり見ていた私は、頭が殆ど向こう側のことでいっぱいになってしまった。向こう側とは、遊びの世界とも言えるし、広義の虚構でもある。それだから、そのあとの人生でどこへ行って誰といても、目の前の人のことなどどうでもよい。自分の好きな記憶を連想させるようなものしか、私の興味や関心を生じさせることがない。
それにしても、こうした問題は人間の脳の有する仕組みから来ていると思う。脳はそれほど多くの種類のことを楽しむことはできない。既に楽しみ方を覚えてあることしか楽しむことができない。私はこれを私の脳に限ったことではないだろうかと想像した。そうして、田所にこのことを言った。
「俺は田所さんと喋っていて楽しいですよ」
「俺はつまらない」
「すいませんね」
「現実では、俺のような優しい奴はなかなか居ないんだぜ」
「俺は頭の中が殆ど虚構ですね。妄想と仕事との違いもあいまいになっているみたいだ」
「お前のまわりには今どんな奴らがいる?あるいは、今後どんな奴らと関わっていく?」
「ええ。結構いろんな奴らを記憶しています。来年の四月から先の予定が決まっていませんから、そろそろ決めるところです。決めないと俺がどんな奴らと場を同じくするかも分かりますまい。最も問題と感じるのは、むしろ今と今までとに伴うことです。つまり、すべてを無視してきたんです」
胃の「千年生きてる」に「すべてを無視した」という詩がある。これは超越を歌っている。
すべてを無視してきた私は、大学で見た人や聞いた人に対して、その中身や情報をさぐることなく過ってきた。そのため、四年間で相手の存在を知っているにもかかわらず、全然何者だか感じ取ることのできていない人物ばかりである。ただこの人たちの社会上の所属だけをおさえてある。
私は少時より今にかけて、殆どずっとこうして人を知らぬ思考に甘んじてきた。
私は田所に言った。
「あなたは私を助けますまい」
「当たり前だろう?」
公園の道が絶えて、石をめぐらした垣のあけてある出入り口に私たちは到った。私は言った。
「また会えますかね?」
「俺は淫夢ファミリー筆頭野獣先輩だぜ?」
私たちはここで袂を分かった。
或る日、私は大学のたてものの中や囲いの内を歩き回っていた。時刻は昼から夕方に及んだ。
何日か前に田所と歩いた公園は、私のアパートから見ると大学とは逆の方向にある。
私の生活は考えてみれば甚ださびしいもので、バイト先や大学へ往来する以外に何事もない。しかも大学では用事が無い。来年の春の卒業を待つのみである。車校を言い忘れていた。思えば一年生の時にでも免許を取っておけばよかった。私は大学に友人が居ない。この約四年の間に限らない。私の人生はしばらく友人が居ない。そうして呼び名のよく分からぬ、その本質から言えば、私といかなる関係にあるか定めがたい人びとがいるばかりである。そういう人たちの中に、私の愛する人もいるのだが。
私は屋内で自習者むけのイスに腰かけ、テーブルに牛乳を置いた。牛乳は栄養がある。それからスマホを出して、私の考えていることをいろいろと検索した。エーアイがさまざまに回答した。
時間がどんどんと経過していった。例によってむだな時間であった。こうした過ごし方は私にとってよくあるものである。昔はエックスのアカウントを持ち、自分から語を発信さえしていたが、何箇月か前にやめてアカウントを消した。今はブログをかきつづけている。たぶんエックス時代に私を知った者が、このブログ、裂空伝を少しは見ていると私は考える。私たちはエックス時代から、積極的の交流をせずにしまい、やはり呼び名のよく分からぬ関係にある。しかし、私はブログをやめるわけにいかない。なぜだか分からない。何か困る。私はこんなことも分からないのかと感じる。
あたりが暗くなってから帰宅した。自分で信じることのむずかしい事実であるが、やはり私は時間をむだにして一日を終えたのだ。この日は全休であった。一年生の時から私はこういう日がよくある。
何かを語ろうという際、それは他者との付き合いの記録であれば私は快い。尤も、私の感覚はいささか正常でない。或る知人がかつて、知り合いとの交流を創作のネタにする奴はつまらない奴だと私に教えた。その時、私は彼の気持ちを解した。つまり、仲間と居るということはその人たちのことを名前で呼ぶということである。現実に場を同じくすることは、後から記憶の内にのみ再現される。深く重い内省をくわえて叙述するとつまらなくなる。だから、創作はフィクションでなくてはならない。
私は仲間と呼んでいるが、つまりその人たちのことを名前で呼ぶことはない。ブログでかぎりなく一方的に自分のことだけを語っている私は、同時に直で現実の話をすることができずにいる。孟浩然の春暁に落花を惜しむ情を覚えるごとく、私は過去の仲間のことが惜しいから伝説にしたいと感じる。そうしてこれを書いて記録したい気持ちがある。しかし、これは無意味である。記録したい気持ちは偽りではない。また、正常でない。私がやりたいのは、つまり私の頭が一体どうなっているのか、現在の状態を確かめたいのである。いや。これは多少いりくんだことである。
少時より一貫して私は言い訳に逃げる気味がある。しかも最近はエーアイによってさまざまな疑問に答えが返ってくるが、結局どういう解が返ってきてもやはり何か裏を私は感じる。どうも私に関係する他者に対して、常に反論か冗句を用意しておくべき必要を感じている。少時はそれが周りの者と私とを同じ存在と認識されたくない心持ちから出ていた。確かに自身を特別のものと信じていた時期がかつてあったのだ。私は暗いプライドを有していた。この潜在する意識は少時より今に到るまでずっと続いている。私はものごとを複雑に解釈して捉えてしまう。その背景には、小学生のころの学級崩壊がある。明らかに授業が成立していない毎日を、なぜか渡っていけて精神も病まぬ自身は何か特別であると思わずにはいられず、同時に一人っ子であるところの私は親の虚栄心によって家でまつりあげられていた。この親が上がり下がりの激しい親で、或る時は子どもの落ち着きやおとなしさをほめそやすが、時として私を罵倒することがあった。私はやはりこれをいかに解釈するか迷って過ごしていた。
少時に私が苦しむと、頭の中ではこれをいかに倒そうかということを想像する習いであった。小学校では毎週ツタヤで漫画を借りていたし、恐らくはいつか上手に漫画がかけて苦しみをむしろ面白いストーリーに表すに到るだろうと考えていた。これ以外にもいろいろ想像した。また少時にかぎらずとも、私は自分の中身を一言で説明しつくすことができない。文にのぼしたり口で言ったりする際に忘れていることもある。何より、私は自分が何を言っても毎回どこか誤りを来しているはずだと考えており、つまりこれが言い訳したがる性質である。自分じしんについてさえ、常時疑念がある。確信が持てない。
甚だ苦しんでいて、現在へ到ってもなお持続している。しかもその本当の正体はいまだによく分かっていない。私は考え続けるはめになった。少時は仕方なく強いられていた。現在は習慣である。
過去の出来事を私は経験している。そのどれもが名前のない現象であった。こうして不定であるところの記憶に私は耐えられない。自分で自分をおかしいと感じるが、私は人づきあいというものがだめであるから、一人でいて楽しむことのできる妄想を愛している。妄想の中では、つまり私の考え、創作のような作為でさまざまに現実を解釈してあるから、この解釈によって苦しみや不幸などの不全というものが打ち消してある。私はフィクションを現実から出たものと考えていて、フィクションにあっては、現実における明らかな悲しみを善くねじまげることができると信じているわけである。
これは部活で音楽をやることと似ている。それも練習が過酷でなくてはならない。中学のころ、オーケストラ部に所属していた時期は音楽をこの芸術と考えていた。しかも楽団として複数のメンバーでやるところに意義がある。漫画やゲームは一人でも享受できる。私が考えるに、演奏ということは演奏一つにあっては全員が団結することであった。当時、会話やふるまいは措いて演奏の方に人生の本質があるように私は感じていた。これは同級の女子に恋をしてから終わった。彼女は私に対して好意をむけているそぶりをしきりに見せてきたし、何か怪しくも感じたが、とかく音楽の活動が私の中で軽くなるゆえんを為したわけである。私は高校生になってから音楽をやめて、わけのわからない気持ちで新たに生活をはじめたのだ。十五歳のころの女に関しては諦めた。この心持ちはこの時まで体験したことがなかった。しかし、中学を出たあとは時として似たような別れが人生に生じるから、そのたびに同じ心持ちの再現をこうむっている。別れでなくても、彼女に関して全く成就しなかったことを想起させるような、さまざまな悲しい出来事が私の身には起こった。これはすべてを述べない。ただすべて悲しかった。
思春期とは、或る感情を私の中で固定する時期であった。固定された感情は若い内は何度もくりかえされる。そうして私を強いる。この悲しみに到る種の状況を避けよ。自身にとって喜びある道を選べ。そんな命令を本能からこうむる形である。私は思春期にあって人づきあいに関して、甚だ愛するとともに甚だ憎むという矛盾した心持ちを学んでしまった。もしかしたら死ぬまで治らぬかもしれない。
中学のころ、或る一人の同級の女子は私に好意をしめしておきながら、私が彼女に恋したと知ると、小刻みに私を愛したり憎んだりしはじめたのである。私の側は私が理屈に偏した頭であるから、なぜ自分のふるまいに問題があるかつぶさに内省してはいたが、どう考えても向こうから始めた話を私を精神を崩壊せしむる形で終わらせることは、彼女を憎みかえすゆえんに他ならなかった。私は当時、彼女のことばかりを考え、常にスマホを見て彼女の情報を集めていた。彼女はツイッターとかをやっていた。
なお、彼女に関係する人物に対していろいろの問いや試しを掛け、彼女の情報を集めた。私は一般の会話やコミュニケーションは下手だが、空気から自分が人にどう思われているかを察する能力を有していた。結果スマホをめちゃくちゃ見るようになっていた。私は勉強の成績が落ちた。
このようにして、私が時間をむだにすることは少時より続く習いである。つまりは一人で考えごとをしている時間が長いわけである。甚だものうい。報酬は無い。今に到るまでやめられずにいる。
私は大学のたてものの中にいて、イスにかけながらガラスばりの向こうの外を見ていた。講義と講義との間の時間には、ものすごい数の学生がたてものからたてものへと移動していく。これだけ人間が居るようすはふしぎである。このことについて少し語っておく。
そもそも日本にはものすごい数の人間が生きている。私はこの内の誰としたしくなるのか分からない。したしくした方がいい人物が誰であるか分からない。生きていれば自然とまた仲間ができるだけだろうと思う。なお、私は親族を憎んでいる。だいたい充実した人生というのは、まずは制度の上でも付き合いの良好であるべき親とかとしたしくするところに源をみとめてよく、これは私が中学生のころまではかなり頑張ってつとめていたことである。当時内心では親のいやしいところに気づくたびにイライラしていたし、そもそも実家にしばらくは住まなくてはならない状況など甚だ不快ではあったのだが。
そもそも制度では、人間がどのように過ごすことを前提としているのだろうか?むかし、丸山真男の『日本の思想』という本をよんだ際、制度は必ず背景となる思想を存していると書いてあった。しかし、私の知る制度は、小学校から大学まで十六年という長い教育を受けることのみである。この教育というのは、つまりイスに掛けてじっとしていられる能力をきたえる点に意義がある。それだけ出来るようになってしまえば、あとは何を身につけるのか職業しだいである気がする。私がおかしく感じるのは、学校へ通うということに、明らかに勉強を知識を得ること以外のさまざまなものが伴うことである。
大学はそこへ行くと甚だ危ない場所である。特に私の場合、文科である。ここで学ぶということは、つまりは古い時代や別の国の持つ文化とか民俗とかを知ることをふくんでいる。中でも、ジェンダー研究について講じる講義はちょっと衝撃を有していた。曰く人のあるところ必ず性差による何らかの問題を来しているというのである。案じるに、現代人は頭の中に情報過多を来していて、何が常識か混乱している内に、本来当たり前に定めてあるはずのジェンダーを疑うから衝撃を禁じ得ないのだと思う。
学生はしかし、こうして講義に価値観のひっくり返る話を聞いていても、どうも普通に人間の人格をやっている。私の頭に関しては、高校生のころ既に無常のごときものに覚醒してはいて、大学の講義は実際学問の名の下に相対の価値観ということを人が認めている事実を知るファクターにすぎなかったが、私の場合、単一の価値観が常に信じられないという論理を認むるのであれば、他者との尋常の付き合いさえおのずから消滅するはずであるとの想像をする。だから大学の学生らを見ていて怪しむ。この人たちは、なぜだか分からないが、友だちか何かになって仲間をここで新たに作り、しかも楽しんで遊びに出ることも可能としている。何が起きているのか私には分からない。
ここへ来てからというもの、私は己の思考を深めていた。ネットに大量の文章を上げては削除をし、一年生の二月にバイトを開始した。必修を取った。エックスを見ていた。いよわを聴いていた。そうして、殆ど常に一人でいた。さびしかった。しかし、こうなるのは当たり前だと考えていた。
それにしても、私は現前する他者について多くを述べてしまった。
田所について少し述べておくべきであろう。
彼はいびつな存在である。中学時代、或る者は彼の伝説について私と共有した時、私たちの関係をしたしくすることに成功したものである。淫夢は限られた者だけがネットによって知り、現前でこれを共有することのできる者をみつけた時、私たちは歓喜する。これがコンテンツを介した友情である。
では、淫夢が同性愛の性愛を映像の実写に映す点をどう解釈すればよいのだろうか?
私は中学時代、淫夢の話のできる仲間を得た。彼らは共にもりあがり、仲間となった。では、淫夢を共有しえない手合いとは仲間になれないのだろうか?むずかしい問題だが、私はそうであると思う。
したがって、田所は複雑な存在である。淫夢の話は世間では普通・健全のものとされていない。
或る日、バイトから帰った。午後十時を回っていた。
エックスで、ツァッキという人の投稿を見た。彼は私が高校生のころから追っている人物で、七歳くらい年上だが、彼の影響で私は文芸や哲学に傾倒するようになった。高校時代において、固より大学には行く予定であったが、文学部へ進学すれば少しは楽しめるかもしれないということは、当時の私にとっては励ましになった。何より、彼はオタクにして、オタク的のものを学問の内にみいだす才能を有していたからである。彼は彼のブログで、オタクコンテンツに対する批評を哲学の知見から述べており、当時私は彼のスタイルに甚だ影響を受けた。現在彼は大学院へ通っているようである。そして、さっき私は彼の投稿を見て笑った。
彼は今日、バイトにふるわないことが有って心がふさぐこととなった。そこで憂さ晴らしとして、楽曲、「INMU KING」を浴室で歌ったというのである。私はこの曲をきいたことがなかったが、ツァッキさんの投稿を見て釈然とした。ツァッキさんは昔から精神の強い人である。くじけそうになった時も、必ず自分で自分を励まして立ち直る。だから、きっと「INMU KING」は彼を励ますような歌なのだろうと私は考えた。
私は帰り道で「INMU KING」の歌詞をスマホにより確認した。内容は田所をほめたたえるものであった。無論その一方でけなしているようにも見える詩である。この面白さは私たちにしか分からない。いや。面白いのではない。稲葉、松本の歌に「ミエナイチカラ」という歌がある。読者は検索して、私の上げる曲の歌詞を確認してほしい。明らかに「INMU KING」には、稲葉のいう見えない力があり、そうして、それは「私たち」が今まで自分で自分を励まし、淫夢のことを思う際に必ず感じてきた力である。最近、私は「迫真ジャズ部」という淫夢関連の動画に流れる、カミロの「On fire」を頻繁に聴いていた。無論頭では田所ら淫夢の面面を思っていた。この儀式は私が中学二年のころから絶えず取り組んでいるものである。「私たち」はおおぜい居る。一人に、エックスのかにパルサーさんを挙げておきたい。彼も近ごろ、みのミュージックが「INMU KING」を論じたという動画を見たことを報告している。なお、余談だが、みのミュージックはブログ「みそは入ってませんけど」でこのまえ名前が出た。私も高校時代にみのミュージックを見て、ロックの知識を得たし、或る時はエックスのあすぜむさんもこのチャンネルに言及していたものである。さて「INMU KING」の歌詞は、熱い内容であった。私たちが淫夢に熱狂はすれども絶望はしないゆえんであるところの、田所その人の魅力が明らかになっていた。
田所の魅力とは何か?それは、卑しさを徹底しているところである。却って神聖に感じさせるところである。圧倒的に男性的で、男性的なものを完全にきわめているところである。女が見たら絶対に笑わない存在であるところである。そうして、社会や集団の中でのけものにされた人、あるいはのけものにされていると感じてひがんでいる人が、田所のおかげで笑顔になるというところである。
このようなテイストは、たとえばマキシマム・ザ・ホルモンにもある。このバンドは、チェンソーマンの第三話で曲を歌っており、これが入神であった。その歌詞がやはりよい。
「体にほら/エンジン」
ホルモンは下品な歌詞が多い。曲じたいが、架空のバンドで言えば漫画「デトロイト・メタル・シティー」のあの三人だったら、このように演じるだろうという激しくめちゃくちゃなものである。やはり、学校では、女子のいるところで話題に出しがたい存在といえる。フリーザを歌った「F」はファンの作ったミュージックビデオで歴史上の犯罪者を映すなどし、中学時代、私も部活の先輩からその魅力を語ってもらった。彼と喋ったのは楽しい時間であった。彼、また部員の内でも男子たちは、淫夢のことを知っていた。そして、私たちは淫夢の語録を覚えていた。本編を見たという強者もいた。
さっき私は家に帰り、「INMU KING」を初めてきいた。そして思った。
歌詞は完璧で、特に田所をイエスになぞらえているところはよい。イエスも田所同様、またこれは遠藤周作も「イエスの生涯」で書いているが、極めてみじめな境遇に立たされた人物である。そのあとで、人から崇拝される教祖として、新たにまつりあげられた存在である。しかし、曲がよくない。これなら、まだ「On fire」の方が俗な印象を与える余地がなく、高雅であるといえる。「INMU KING」がツァッキさんを励ましただろうことは分かるが、これは確かに劇薬のような下品で卑しい曲調を有している。
無論ミュージックビデオもだめである。あすぜむさんの好きな「最終鬼畜道化師ドナルドール」を連想させる、元ネタの切り貼りである。子どもに見せられない。ネットのいやなところが全て出ている。
しかし、私は認める。傑作である。ハロルド作石の「ゴリラーマン」の系譜にある、容赦のない露悪から出る、人生の真実と喜びとが明らかに感じられる。現代の創作はここに極まりがある。
私は小学生、中学生のころ、学校でいやなことがあると「ゴリラーマン」や「デトロイト・メタル・シティー」をよみかえしたものである。こうした漫画は父が家に置いていたものであり、母もまたこの手の漫画をみることを子どもを止めなかったし、むしろ見せていく姿勢であったから、私は幼い時期からこうした文芸を頭に注入し、甚だ毒毒しくなった。無論親を憎んでいる。
私は高校一年の四月か五月、中学時代の部活の同級と、大きな交差点でたまたま逢った。私たちは信号を待っていて、彼女は私の後ろで彼女の友人らとともに私の側を指して喋っていた。彼女は高校の制服をきていて、笑っていた。たぶん私と同じトロンボーンを三年間ふいていたからだろう。
「いやなことがあったら全部ツイッターでぶちまけるのがあいつの本性だから」
私はスマホを出していじっていたのである。彼女のことばを聞いた時、私は彼女をにらむようにして見た。今ではやはり悔いている。この段が彼女と逢った最後ではないが、殆ど象徴の如きシーンであり、あの三年間の答えはこの時の彼女と私とに表れていたわけである。
彼女もツイッターをやっていた。そうしてよく弱音を吐いていた。中学二年のころ、あるいは一年の冬だが、男の先輩ひとりと私たちとの三人でツイッターの話をよくしたのである。喋りは淫夢をふくむ際は彼女がおののいたようなそぶりを見せるので、先輩と私とは笑っていた。ツイッターを介して、私が萌える美少女の絵をリツイートする性格であることが発覚するなどし、二人の歓心を買い、今思えばこうした喜びこそ私の最も必要とするものだったのである。私たちは、尋常ではない過酷な部活の練習の中で、互いに励まし合っていた。私は無自覚にそれをやっていた。二人はどうやら自覚的にそれをやっていた。だから、二人と別れてから私は、新たに知る人たちと励まし合いながら何かへ取り組むことができなかった。励まし合うことは歳の近い友人どうしにおいて最も喜びあるものである。すぐれた冗談による笑いや恰好をよく見せるセリフ、頭の切れる言葉などは全く劣るものである。なぜこのように言うかといえば、仲のよい仲間である人びと、そういった集まりというものは、私の見聞上、必ず互いの存在によって励まし合うことで関係を持続させていくものであるからである。これは中学の部活の顧問が私たちにかつて諭したことでもある。私は大学四年になるまでこの奥義を信じるに到らなかった。私は育つのが遅かった。あの音楽教員の言うことにおいて、このことだけはなかなか信じられずにいた。
彼女とツイッターの話をした際のことを一つ語っておく。彼女は私がリツイートした或る絵のことを笑っていた。その絵は或るキャラクターがじっとりとしていて、慰めの言葉を言うというものであった。私はなんともいえず気に入ってこの絵をいいと思ったのだが、今思えばこの時の私はストレスある現実の日日にこの絵の女のような存在を求めていたのである。私は当時、曲の歌詞とか漫画の内容は芸術として現実から独立して存在するものと考えていたから、現実との因果を無視していたのである。そこで、彼女は私から私の心理をよみとって笑ったのだろう。美少女から慰められたいという心理を。
これは快い段であったのだ。彼女もまたオタクであったし、彼女のツイッターは彼女の趣味の話で満ちていた。彼女は私の趣味を解した。
ところで、あの絵は作者が自分を救うために描いたものだったろう。今なら分かる。創作や虚構であれ、特に同人や匿名であるほど、作者のもとめるものが作中に反映されるものなのだ。
無論こうして己の体験をネットに匿名で書き、ブログとしている私は気持ち悪い。下等である。そんな姿がすこぶる田所に似ている。淫夢をネット上にひろげる淫夢信者らと同じタイプの露悪をやらかしている。それでいいのだ。私たちは田所を崇拝しているのと同じことで、そもそも田所こそ私たちであるのだ。ついでに語っておくが、エックスにかつて、ちゃおという人がいた。ちゃおさんは、アニメアイコンの一員で、私と同じく学生であったが、淫夢の普及を嫌がっていた。同性愛をばかにする要素がおかしいというのである。私はちゃおさんの気持ちが少し分かる。本当はよく分かると言いたい。どう考えても淫夢の普及はおかしい。語録を面白がるのはいい。しかし、淫夢のネットにおける受容は基本的に同性愛をばかにするところにある。私は同性愛をばかにしていない。淫夢に触れがたいわけである。
田所をおもしろがる者は田所のようになる。純粋な田所という存在ではない。解釈された田所である。田所は顔が表示されただけで、人から笑われる存在である。ニコ動のコメントで必ずばかにされる存在である。下等とされている。私は田所をどうとも思わない。一般論で言えば、田所という正体の不明であるところの人物を勝手にネットでさらすことは、ゆるされないことである。しかし、これはインターネットがゼロ年代に世の中へ定着してきて、これをおもしろがる人びとが現れてくるのと全く歩調をあわせて、田所、そして淫夢というコンテンツが発展していったのである。
そもそもインターネットとは、遊びである。しかも、無限に悪ふざけのできる道具である。特に子どもはこれを使う際、モラルに関して学校から指導されるほどに大人から懸念されている。たとえば、個人的のことをインスタか何かにあげすぎるという問題であろう。中学時代、ネットが無ければこれほど仲よくはならなかっただろうと感じさせる友人は多く居た。ネットで同じものを見て、同じ曲をきいていることの発覚した者ほど、仲間意識を強く感じさせる者はいない。或る者はリゼロこと「ゼロから始める異世界生活」アニメ一期を当時みることができたため、その話でしたしくなったものである。それはネットで見たのである。趣味が同じであれば、感性も甚だ近い仕儀となる。そういう手合いとは親友になりやすい。ついでに言っておくが、オタクの友情は特にこうした特殊な感性の共有というところから出るものであり、一般に存在するような、単に場を同じくする友だちの間における友情とは違う。
淫夢を共有する仲間では、自然に強力な友情が得られる。淫夢による笑いは誰でも笑えるものではないから、これを笑えるという感性の共有によって私たちの仲間意識、また互いを尊く感じ、心から愛する気持ち、温かいと思うことはこの上なく高まる。私にはそういう連中が中学時代に居た。
では、淫夢のおもしろさが分かる者とは、どんな感性を有するものであろうか?
一つに、下品なものを肯定する感性が必要である。コロコロコミックと同じである。
一つに、刺激の強いものを楽しめる強さが必要である。村上龍の小説と同じである。
一つに、社会や他者に対する何らかの僻みを知っていなくてはならない。僻みから出るどすぐろい感情を知る者でないと、淫夢の有しているおぞましさに適応できず、不健全とみなして軽蔑してしまう。
淫夢のおぞましさは、野獣先輩の扱いが学校でいえば、いじめと殆ど同じところにある。ネットによって実在の人物をつるしあげることの可能になった現代では、子どもが己と同じ学校へ通う者をネット上でいじめることも可能である。そのネタとして相手の写真とか情報とかがある。そして困ったことに皆で一人のいじめられっ子をいじめるのは楽しい。野獣先輩はそういう扱いを受けている。しかし、彼は「INMU KING」に神のごとくまつりあげられている。私たちは彼のことを崇拝したく感じている。
私たちはそもそも、いじめをやりたくない。いじめは、やったぶんだけ自分に返ってくる。人をののしるとかバカにするとか、接する際に礼をもってしないとか、そうしたことは全て自分に返ってくる。それは自分が人から認められることを欲しないのと同じだからである。人間の頭はそれほど器用にできてはいないから、他者をあなどることによって自分のことも大切にしなくなる。また人が離れていく。そうでなくても、人づきあいが下等なものになってくる。「INMU KING」の曲調はやくざであった。世の中には、人格のゆがんでいる人というのがいて、ゆがんでいる人たちで仲間をつくっている。こうした集団に入ってはいけない。しかも、こうした集団は学校における道徳の教育では悪とされるが、そういう悪のままで社会の中に生きのびている。たとえば、私の親は人格が下等でよく人に対する悪口を言っているが、酒をのんでいるからとかストレスある仕事があるからとか理由がついて、十九年の間その食卓を一人耐えてきた私の不快感も仕方なしとされる。この手の問題がある。私の親とは、父と母とであり、この二人はこういう性格の悪さにおいて共通するがために、ひかれあうこととなったわけだといえるだろう。社会では、人は或る面では仕事に善くつとめる善人、或る面では家庭で暴君にしてまかりとおっている悪人であるというような、二面性というものが生じることがある。一人の人間の性質が善か悪か二分できるものではない。両方有するのである。そうしてそれは思春期の子どもがまず異常に感じるものであり、なぜこういう大人がいるのか、多少思考のできる子どもであれば必ず不可解に思って考える問題である。
淫夢を愛する人びとは、恐らく子どものころコロコロコミックで笑っていた。感性がそこから成長していない。どういうことか明らかにしてみようか。
コロコロコミックは下品であった。卑しい言葉を絶叫することで子どもを笑顔にする漫画がのせてあった。現代、男女の間で社会上の差をなくす取り組みがいろいろである。それはジェンダー研究が進むことで、ジェンダーに関する知識を、社会の構成員がみな獲得することを必要とし、私は大学で少しかじることができた。しかし専攻していない。ハンパである。したがってつぶさに述べがたいのだが、ジェンダーに関して問題になるのは、社会において男女の待遇に差がある場合である。二十世紀は特に、歴史がくりかえしてきた性差の問題を改めようとした時代であったし、この取り組みがいまだに終わっていない。コロコロコミックは下品であった。実はこの手の下品さはジェンダーに関係する。
尤も社会における男女の待遇の差は関係しない。子どものころ、男子と女子とで決定的に異なる感性として下品さの問題が出るのである。しかも小学校とか、公立中学とかにおいて特に出てくる。そもそも、公立だとあらゆる階層の親が同じ学校へ子どもを入れるから下等な子どもが出現する。私は勉強は出来たが感性は下等で、コロコロコミックを好んでいた。こうして、サブカルチャーをおもしろがる趣味の子どもとして成長をし、困ったことにキモオタじみてきて、親からもよくばかにされていた。言動を尋常にせよというのである。やはり、おかしな漫画や動画をみていると言動が気持ち悪くなる。
だいたいサブカルチャーというのは、見たり聞いたりすればするほど見た者聞いた者の頭をおかしくするものである。なぜこういうものがあるかといえば、それは最も正当な理由としては、現実の生活においてストレスや苦痛が有った際にこれを解消をし、人を励ます為に有るという他ない。これが上等になってくると、まず学校では部活がある。私は中学時代、本来はネットやゲームに向けていただろう情熱や体力を部活へ向けていた。それは私がそうしたかったからである。小学生のころ、液晶ばかり一人でみるという時間をかなり過ごし、友だちは幾らか居たけれど、やはり学校から帰ったあとや土日の休日を時間を画面を見てなんとかつぶすことは苦しかった。中学生になってから、部活に入ってやっと他者と共に週六くたくたになるまで努めることができた。これはコロコロコミックを超えている。私は勉強を他者と協力しておこなったことがない。協力はオーケストラ部において学んだものである。
しかし、部活は性質上、学校では勉強と同等の取り組みとされない。学校は勉強をし、授業を受け、特に私の家の場合は大学へ進学することを目標としたプロセスとして存在した。私は気づいたら部活さえ全うできればよいと本心では考えていた。私は第一志望の高校に落ちたが内心どうでもよかった。親は虚栄心から、受かればいいと考えていた。私は部員の女子がその高校を受験するときいた際に、なぜか彼女をまねしただけだ。私は彼女を無意識に仲間と認識していた。彼女が淫夢を解しない感性であることを度外にしていた。本当は、淫夢を解する者の行くような高校を受験すべきであった。私は第二志望の高校に受かった。中三の冬、受験の時期、私は自分が誰だか分からずにいた。それだから進路をどのように決めればよいか知らずにいた。このあと、親族は私が受験に落ちて悲しんだものと誤解をし、私は自分で自分が分からないのだから弁解しなかった。今思えば弁解すべきだった。私があの女子のリアクションを無意識に欲していたがために、あの第一志望、やけに難しい高校を受験したのだということなど、親族の連中は知る由もない。彼女は私のことが好きだった。私は彼女に対していつもすげなくしていたが、無意識下では、彼女がいなくなれば私の生活が甚ださびしいものになることを知っていた。
淫夢の特徴は、甚だふざけていることである。めちゃくちゃであることである。狂っていることである。村上龍の『昭和歌謡大全集』と同じである。コロコロコミックである。インターネットである。内輪ノリである。悪ふざけである。淫夢は気持ち悪い。人と共有できない。深入りすると不幸になる。
人間が生きるにおいて、最も上等な喜びは、他者と協調して何かをやりとげることであろう。これは遊びにおいてもそうで、仲間というのは互いに仲間でいようとする心持ちを有していなければ、関係が持続しない。私はさっき、或る女子と本当は同じ高校へ通いたく感じていたこと、同時にそれが無意識であったことを書いた。無意識だったから私は当時殆ど受験の勉強をしなかったわけである。私は彼女と接したいろいろの時を記憶している。ふしぎなことに、私は彼女にすげなくしていたのに、彼女と居た記憶はいずれも不快でない。私は僻んでいたから、彼女のような明るい性格をした人物が、私にいつもからんでくるのは、単にばかにしているからだろうと信じようとしていた。私はうまく書けない。
部活に努力している私が彼女の気に入っていた。
努力している私だけを彼女は認めた。彼女は私が勉強に努力していないことを知らなかった。
彼女から好かれていることを、好意をもって、また好意でなくても、正常によろこばしく感じることができていれば、私はあのように今後の人生を見失わずにすんだはずだ。私はただ、自分を好いてくれる人のことを大切にして生きていけばよかっただけなのだから。
私は「INMU KING」の歌詞に先刻感じ入ってしまった。しかし、私はもう淫夢を卒業したい。淫夢の登場人物、淫夢の面面はみな私を待つ人びとではない。
最後に、淫夢語録の思い出をしるして終わる。
或るコンサートホールで、中二の夏ごろ、舞台を作っていた。段を運んで並べるのである。部活である。部員が教員や先輩の導きのもと動きまくっていた。顧問は三名いた。指揮の音楽教員は中年の男性である。一つの段を数名がかりで運ぶ内に彼も入っていた。彼はその中途「イキスギ」と大声で叫んだ。
私は少し離れたところに居たが、驚愕して先輩の男子をかえりみた。
「え?!今、○○、『イキスギ』って!」
「おおおお!」先輩は目を見開いた。
「え?!いいんですか?!」
「イキスギィ!」先輩は過去一の大声で叫んだ。
私は笑い転げた。